やらされ感を手放し、仕事と人生の主導権を取り戻すための思考法。
「やらされてる」か「自分で意味を見いだしてる」か、っていう線引きのところで、すとんと来ました。自分、毎朝つけてる記録が、いつのまにかチェックを埋めるだけの作業になってて。埋まると気持ちいいから続けてはいるんですけど、なんのためだっけ、が抜け落ちてる気がします。おさるぼんさんの言う自律性、たぶん今そこから一番遠いところにいるやつだなと。
ヨッシーさん、コメントをいただけてとても嬉しいです!ありがとうございます。今回ぼくが学んだ、星先生から言われている大事な3つのことは、「つながり」「できる感」「自分から感」の3つ。それがやっぱり、なかなかバランスとして難しいのかなと思っています。ぼくもデイリーノートをつけていますが、「やらされ感」が出てしまい、役立て方に悩みながら進めているところです。引き続き、おさるぼんをどうぞよろしくお願いします。
与えられた仕事であっても、「何のためにやるのか」という問いを一つ挟むだけで、「やらされ感」が「自分の意思」に変わるというお話に深く共感しました。日々のタスクに忙殺されていると、どうしても受動的になって心がすり減ってしまいがちです。だからこそ、自分の行動に自分なりの目的や意味を選び直すというアプローチは、仕事や生活の主導権を自分の手に取り戻すためにとても大切な姿勢ですね。
おっしゃるとおりで、やらされ感を自分から感にどう誘導していくかは、組織運営における課題です。特に大学病院のような組織にいたときは、それが組織の雰囲気を左右するため、いつも意識していました。余白の設計は大切ですね。
「やらされてる」か「自分で意味を見いだしてる」か、っていう線引きのところで、すとんと来ました。自分、毎朝つけてる記録が、いつのまにかチェックを埋めるだけの作業になってて。埋まると気持ちいいから続けてはいるんですけど、なんのためだっけ、が抜け落ちてる気がします。おさるぼんさんの言う自律性、たぶん今そこから一番遠いところにいるやつだなと。
ヨッシーさん、コメントをいただけてとても嬉しいです!ありがとうございます。今回ぼくが学んだ、星先生から言われている大事な3つのことは、「つながり」「できる感」「自分から感」の3つ。それがやっぱり、なかなかバランスとして難しいのかなと思っています。ぼくもデイリーノートをつけていますが、「やらされ感」が出てしまい、役立て方に悩みながら進めているところです。引き続き、おさるぼんをどうぞよろしくお願いします。
与えられた仕事であっても、「何のためにやるのか」という問いを一つ挟むだけで、「やらされ感」が「自分の意思」に変わるというお話に深く共感しました。日々のタスクに忙殺されていると、どうしても受動的になって心がすり減ってしまいがちです。だからこそ、自分の行動に自分なりの目的や意味を選び直すというアプローチは、仕事や生活の主導権を自分の手に取り戻すためにとても大切な姿勢ですね。
おっしゃるとおりで、やらされ感を自分から感にどう誘導していくかは、組織運営における課題です。特に大学病院のような組織にいたときは、それが組織の雰囲気を左右するため、いつも意識していました。余白の設計は大切ですね。