みなさんは大人になってから、哲学って学んだことはありますか。
「いやいや、そんなわけのわからないことより、
マーケティングとかAIの使い方とか、
もっと自分の生活が豊かになるような、
直接役に立つことを学びたい」
そう感じる方も多いと思います。
ただ、ぼく自身アラフィフになって学び直し、見方が変わりました。
哲学は、他人の矛盾を突くのではなく、自分の「当たり前」を問い直すもの。
直接役立つ答えを急ぐときほど、仕事や暮らしを選び直す助けになるんです。
哲学はイメージが悪い
「哲学」と聞くと、難しく、何でも疑い、相手の矛盾を突く学問というイメージ。
ソクラテスは、「自分は知っている」と思う人に質問を重ね、実はよく分かっていないことを示しました。
(こんな質問を街中で続けたら、面倒な人と思われるのもわかる……)
「我思う、ゆえに我あり」のデカルトも、夢の可能性まで持ち出し、疑いうるものをいったん疑う「方法的懐疑」を取りました。
(常人からすると、言っていることがわからん……)
でも、そこから「哲学とは、他人の考えの浅さを見抜くことだ」と受け取ると、少し違う気がします。
相手の言葉を切り取り、「何も分かっていない」と笑えば、対話はそこで終わってしまいます。
最初に問い直すのは、自分
ぼくは若いころ、「学会で講演を聞いたら、必ず質問してきなさい」と教えられました。
何度も質問するうちに分かったのは、良い問いは、相手の経験や考えを引き出し、場全体の学びを少し先へ進めるということです。
なので、最初に問い直す相手は、他人ではなく自分。
なぜ、ぼくはこの仕事をしているのか。
なぜ、これを成功や失敗と呼んでいるのか。
いまの方法は、本来の目的に合っているのか。
問いは、すべてを否定するためではありません。
自分でも気づかないうちに置いていた前提を見つけ、
別の見方がないか考えるためにあります。
すぐ役立たない哲学が、なぜ人生に効くのか、
正解を探す人から、問いを立てる人へなど、
7本を書いて見えてきたのは、哲学は正しさで人を刺すためではなく、
問いによって自分の見方を少し動かす営みだということ。
あなたが今、「もうこの年齢では変えられない」と思っていることは、本当にそうなのでしょうか。
一つ浮かんだら、その「当たり前」をコメントに置いてみてください。
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哲学と聞くだけで、シャットダウンしそうですが、
自分の中の当たり前って…いつから?なぜ?なんて問いが生まれて来ますね。
当たり前…納豆に味の素を入れる!
あーこれって、いつからだろう?なんのために😅
哲学を相手の矛盾を突くための道具ではなく、自分自身の無意識の前提や「当たり前」を問い直す手段として捉える視点にすごく共感しました。正解を急いだり論破を目指したりするのではなく、自分の中の固定観念を一度立ち止まって見つめ直すことが、年齢を重ねてからの選択肢を広げてくれるのだと感じます。