AI時代だからこそ、本を読む価値がある
先日、長倉顕太さんの記事を読んでいて、妙に納得した話がありました。
本は全部読まなくていい。
必要なところだけ読めばいい。
真面目な人ほど意外とできない考え方ですよね。
ぼくもどちらかというと、本は最後まで読まなければいけないと思っていました。
でも最近は考え方が変わりました。
むしろ大事なのは読了ではなく、その本から何を持ち帰るかです。
そして改めて感じたのは、やっぱり本というのは圧倒的にコスパのいい学びの手段だということ。
情報は増えたけど、学びは深くなっていない
いまは世の中は、情報で溢れています。
ニュースもあります。
SNSもあります。
AIに聞けば要約も一瞬です。
めちゃめちゃ便利になりました。
でも正直に言うと、便利になればなるほど「学んだ気になる危険」も増えた気がしています。
AIの回答は整理されています。
でも整理されすぎている。
その人がなぜそう考えたのか。
どんな失敗をしてその結論に至ったのか。
そういう部分はどうしても薄くなってしまいます。
本は「他人の人生」を借りられる
ぼくは大学に入るまで、ほとんど本を読まない人間でした。
ライトノベルを少し読むくらい。
ところが大学生になって村上龍さんの『五分後の世界』を読んで、小説の面白さを知りました。そこから少しずつ読書量が増えていったんです。
社会人になってからは医学書も大量に読みました。
でも振り返ると、自分の考え方に影響を与えてくれたのは一般書の方だった気がします。
仕事の見方。
人との付き合い方。
歳の重ね方。
人生の選び方。
そういうものは専門書よりも一般書から学んだことの方が多いんですよね。
人間の偏りに価値がある
AIは中立です。でも人間は中立ではありません。偏っています。だから面白い。
この著者はなぜこんなことを言うのか。
なぜそんな考え方になるのか。
その偏りに触れることで、自分なりの考えが育っていきます。
読書というのは知識を集める作業ではありません。
他人の人生や思考を追体験する作業です。
だから本は全部読まなくてもいい。
自分に刺さる部分だけでも十分価値があります。
40代以降は「何を学ぶか」より「何を学ばないか」
若い頃は何でも吸収できます。
でも40代、50代になるとそうはいきません。
時間も体力も有限です。
だから大事なのは何を学ぶかより、何を学ばないかです。
ぼくは麻酔科医ですが、いまは心臓麻酔を深く勉強していません。
専門ではないからです。
勉強してもアウトプットする場面がない。
だから優先順位が低い。
その代わり、一般書はたくさん読みます。
すぐ仕事や発信に活かせるからです。
アウトプットにつながる学びは残ります。
アウトプットにつながらない学びは忘れてしまいます。
ですので、ちゃんとアウトプットを意識して学ぶようにしています。
読書はインプットではなく対話
本を読む。
考える。
誰かに話す。
記事に書く。
コメントで議論する。
本当に価値が生まれるのは、そのあとです。
だから読書はインプットではありません。
人との対話の入口です。AI時代になっても、いやAI時代だからこそ、本の価値はむしろ上がっている気がします。数千円で誰かの何十年分の経験を借りられる。
これ以上コスパのいい学びは、なかなかありません。
みなさんは最近、どんな本を読んでいますか?
また、40代以降の読書術は、人によってかなり違うはず。
「この読み方に変えてから読書が楽しくなった」という方法があれば、ぜひコメントで教えてください。



わー、村上と言えば「春樹」派が圧倒的大多数な中、「龍」派とのことで嬉しいです!(もし春樹氏も好きだったらごめんなさい💦
私も本ほどコスパが良い学びはないと思っていて、知りたいけれど時間がないという時ほど本を読みます。あと、紙の新聞も、たまにホテルで読んだりすると、パッと一瞬で目に入ってくる情報量が多くて、そのタイパの良さに感激します。AI時代も、いろんなツールを上手に組み合わせていきたいですよね。とても共感しました!
「読書はインプットではなく対話であり、アウトプットを意識して学ぶ」という点に深く共感します。
私は赤羽雄二さんの『アクションリーディング』を読んでから本の読み方が変わりました。綺麗に整理された知識を網羅的に得る(読了する)呪縛を捨て、「自分の実務や行動にどう繋げるか」という目的意識を持つようになってから、読書の質がガラリと変わりました。おさるぼんさんのおっしゃる「何を学ばないか」という視点にも通じる、40代以降に不可欠な読書術だと改めて感じます。