同意取得は、日常診療の中では「大変なタスク」として扱われがちです。
説明して、質問を受けて、同意書にサインをもらう。
忙しい外来や手術前の診察では、どうしても「必要な手続き」として流れていくことがあります。でも本来、同意取得とはそういうものじゃないのでは?
同意とは、署名ではなく理解である
患者さんが、自分はなぜその手術を受けるのか。
なぜその治療が必要なのか。
治療しなかった場合に何が起こりうるのか。
その治療によって、どんな利益があり、どんなリスクがあるのか。
それらを一定程度理解したうえで、「それでも受ける」と判断する。それが、本来のインフォームド・コンセントです。
今回読んだNEJM AIのレビューは、臨床研究における同意プロセスにLLMをどう活用できるかを整理したものです。
このレビューでは、LLMの応用を7つの領域に分けています。
用語集生成。
平易な文章への書き換え。
視覚資料の作成。
アクセシビリティ対応。
翻訳。
Teach-backによる理解確認。
チャットボットによる同意支援。
つまり、単に「同意文書をAIで書く」という話ではありません。
患者さんや研究参加者が理解し、質問し、確認し、自分で判断するプロセス全体をどう支えるか。そこがテーマになっています。
AIが同意を代行するわけではない
ここで大事なのは、AIが同意を「代行する」のではない、ということです。
むしろ逆です。
AIによって、これまで十分に手をかけられなかった説明や理解確認を、もっと丁寧にできる可能性がある。この点が重要です。
「先生にお任せします」は、いつも同じ意味ではない
現実の医療では、患者さんが「先生にお任せします」と言う場面は少なくありません。長い人間関係がある場合、それはある程度自然なことです。何年も診てきた主治医がいて、患者さんもその先生の説明や判断を信頼している。そのうえで「先生に任せます」と言うのであれば、その言葉には関係性の積み重ねがあります。
一方で、初対面に近い状況での「先生に任せます」は、少し意味が違います。
評判がいいから。
有名な病院だから。
なんとなく安心できそうだから。
もちろん、それも患者さんにとっては大切な判断材料です。ただ、医療者側から見ると、それだけで本当に理解してもらえているのかは分かりません。
麻酔科は、この問題に直面しやすい
外来を長く持っている診療科に比べると、麻酔科医が患者さんと接する時間はかなり短い。
多くの場合、手術前の限られたタイミングで初めて会います。
その短い時間で、麻酔方法、合併症、術後の痛み、気道管理、全身状態に応じたリスクなどを説明し、同意を得る必要があります。もちろん、昔に比べれば麻酔は非常に安全になりました。重篤な合併症も少なくなっています。
でも、ゼロではありません。
1000分の1は、現場ではゼロではない
患者さんからすると、1000分の1は「自分には起こらないこと」のように聞こえるかもしれません。
でも、年間5000件の全身麻酔を行う病院であれば、単純計算では1000分の1の出来事は年に5回起こります。医療者にとっては、「まれだけれど、現実に起こること」です。患者さんにとっては、「まさか自分に起こるとは思わなかったこと」です。
このギャップをどう埋めるか。ここに、同意取得の難しさがあります。
では、AIは何を助けられるのか
まず、難しい言葉を置き換えること。
麻酔
気管挿管
区域麻酔
硬膜外麻酔
神経障害
誤嚥
アナフィラキシー
医療者には日常語でも、患者さんにはそうではありません。AIは、こうした用語を検出し、患者さん向けの言葉に言い換える支援ができます。
次に、説明を分かりやすく再構成することです。
同じ内容でも、医学的な説明文として読むのと、患者さんがスマホで読む説明文として読むのでは、必要な形が違います。
長い文章を短くする。
見出しをつける。
リスクと対応を分ける。
「何が起こりうるか」と「起きた場合どう対処するか」を整理する。
こうした作業は、AIがかなり得意な領域です。
いちばん大事なのは、Teach-back
ぼくが特に重要だと思うのは、teach-backです。つまり、患者さんが本当に理解しているかを確認する仕組みです。説明動画を見てもらう。
そのあとに、短い確認テストを受けてもらう。
間違えた場合は、問題を簡単にするのではなく、説明をより分かりやすくする。
もう一度説明を見る。
もう一度答える。
一定程度理解できたところで、次の診察に来てもらう。
そして最後は、医師がもう一度確認する。このプロセスが大事だと思います。
テストというと、患者さんを評価するもののように聞こえるかもしれません。でも、ここでのテストは落とすためのものではありません。患者さんがどこでつまずいているかを見つけるためのものです。医療者が、どこをもう一度説明すべきかを知るためのものです。
たとえば、こんな同意プロセスはどうでしょう?
今なら、こういう設計ができます。
手術が決まった段階で、患者さんにQRコードを渡す。
自宅でスマホから麻酔説明の動画を見る。
動画のあとに、5問から10問程度の確認問題に答える。
たとえば、こんな質問です。
「全身麻酔中は意識がありますか?」
「麻酔の合併症はゼロですか?」
「手術前の飲食制限はなぜ必要ですか?」
「術後に痛みがある場合、相談できますか?」
「同意したあとでも、分からないことを質問できますか?」
こうした基本的な確認を行う。
もし理解が不十分なところがあれば、その部分だけ、より分かりやすい説明に切り替える。次回来院時には、医師がその結果を見ながら、患者さんがつまずいたところを重点的に説明する。これは、AIによる自動同意ではありません。むしろ、人間の説明をより意味のあるものにするための準備です。
チャットボット同意には、まだ慎重でありたい
チャットボットによる同意取得は、たしかに理想的に見える部分もあります。
患者さんがいつでも質問できる。夜でも、休日でも、自分のペースで説明を受けられる。聞きづらいことも、チャットなら聞けるかもしれない。
ただし、最後の同意までAIだけで完結するのは、かなり慎重であるべきだと思います。同意取得には、やはり人間が介在する必要があります。
患者さんの表情
迷い方
質問の仕方
理解のあいまいさ
そういうものは、まだAIだけでは十分に扱えません。
信頼関係も同じです。
医師と患者の関係は、テクノロジーで置き換えるものではありません。ただ、その信頼関係を支える前段階として、AIを使うことはできます。
説明を分かりやすくする。
患者さんが自分のペースで学べるようにする。
理解できていない部分を見える化する。
医師が限られた時間で、より大事な会話に集中できるようにする。
この方向性なら、かなり現実的だと思います。
AIが同意を取るのではない
同意取得の未来は、「AIが同意を取る」ではないと思います。そうではなく、AIによって、同意の前にある理解のプロセスを厚くする。
そして最後は、人間が確認する。
患者さんが、自分の言葉で説明できる。
医師が、その理解を確かめる。
そのうえで、納得して同意する。
この形が、現実的で、安全で、そして医療者にとっても患者さんにとっても納得感のある使い方ではないでしょうか。
同意書にサインをもらうことがゴールではありません。患者さんが、自分に起こりうることを理解したうえで、それでも治療を受けると決
められること。
そこに近づくために、AIをどう使うか。
同意取得という日常的で、でも本質的な営みを、もう一度設計し直す時期に来ているのかもしれません……


