先日の投稿で、AIにも音声入力にも頼らず、3,000文字をキーボードだけで打った話を書きました。
効率でいえば、完全に遠回りです。
話したほうが速い。
AIに整えてもらったほうが楽です。
でも、その遠回りの中でしか見えてこないものがありました。
自分が何を考えているのか。
何に引っかかっているのか。
何を言葉にしたいのか。
これは、AIに代わってもらえない時間です。
ただ、ここで誤解してほしくないのは、「だからAIを使わないほうがいい」という話ではないことです。
むしろ逆です。
自分の問いが見えている人ほど、AIは強い相棒になります。
最近よく聞かれます。
ChatGPTでいいのか。
Claudeも必要なのか。
Geminiはどうなのか。
ぼくの結論はシンプルです。
AIは一つに絞らなくていい。
大切なのは、最強のAIを探すことではありません。
自分の思考や専門性に合った使い方を見つけることです。
ぼくは思考整理ではChatGPTを使うことが多いです。
まだ言葉になっていない違和感や、記事になる前の断片を整理するときに使います。
一方で、文章をClaudeで整えると、日本語の呼吸や余白が自然になります。
でも、使い続けるうちに気づいたことがあります。
AIを育てているようで、実は自分が育っている。
どんな言葉を好むのか。
どんな考え方を大切にしているのか。
何を伝えたいのか。
AIに指示を出しているつもりで、自分の専門性の輪郭を確認しているんですよね。
だから最近は、AIを使うことよりも、どんな問いを持つかのほうが重要だと感じています。
AIを使うほど、文章は上手になります。
でも、問いは上手になりません。
問いは、自分で育てるしかない。
AI時代に価値が残るのは、答えではなく問いです。
あなたは最近、AIに何を聞いていますか?
そして、その質問は本当にAIに向けたものでしょうか。
もしかすると、その問いが映しているのはAIではなく、あなた自身なのかもしれません。よかったらコメントで教えてください。
次回は、「専門職の発信はバズより信用」というテーマについて書いてみます。



「AIを育てているようで、実は自分が育っている」という言葉がとても響きました。
私が最近AIによく聞いているのは、体づくりのために行っているHIITのやり方や、今の体調に対するフィードバックです。主観に頼りがちな日々の体調管理やモチベーション維持だからこそ、AIに問いかけるプロセスそのものが、自分自身の身体をコントロールし、健やかに育てるための大切な時間になっているのだと、改めて気づかされました。