会議で、なぜか話が噛み合わないことがあります。
一人は「そもそも何のためにやるのか」と話している。
別の人は「では、明日誰が何をするのか」と確認している。
どちらも大事な話です。
どちらかが間違っているわけでもありません。
でも、そのまま話し続けても、議論は前に進みません。
理由は、意見が対立しているからではなく、見ている高さが違うからです。
目的の話をしている人と、手順の話をしている人が、同じテーブルで別の階から話している。
そう考えると、噛み合わない議論の見え方が少し変わります。
星友啓先生の『スタンフォード式 問いの科学』で紹介されていた「問いの5階建てはしご」は、このズレを整理するのにとても使いやすい考え方でした。
問いには、すぐ行動に移せる低い階の問いもあれば、目的や意味を考える高い階の問いもあります。
大切なのは、高い階に行くことではありません。
いま自分が何階から話しているのか。
相手は何階から話しているのか。
それに気づきながら、必要に応じて上り下りすることです。
「何時の電車?」から「人はなぜ移動する?」まで
この『階』の違いは、電車の話で考えると分かりやすいです。
一番下の階では、問いはすぐ行動に結びつきます。
「明日の朝、何時の電車に乗るか」。
これは、今日のうちに答えを出せる問いです。
一つ上がると、いつもの手段を少し疑う問いになります。
「電車ではなく、車でもよいのではないか」。
さらに上がると、個人の選択を超えて、社会の仕組みを考える問いになります。
「東京の交通インフラは、どうあるべきか」。
そこからさらに上がると、都市と人の関係を問うことになります。
「都市と人は、どのような関係にあるべきか」。
そして一番上では、行動の根にある意味を問います。
「人は、なぜ移動するのか」。
同じ「移動」の話でも、問いの階が変わるだけで、見える景色がまったく変わります。
5階にいる人が、いちばん賢いわけではない
この話を聞くと、抽象的な問いほど高度で、5階を目指したほうがよいと思うかもしれません。
でも、そうではありません。
「人はなぜ移動するのか」と考えているだけでは、明日の電車は決まりません。
反対に、電車の時刻だけを考えていると、「そもそも出勤する必要があるのか」という選択肢を見落とします。
抽象度を上げすぎれば現実が動かず、具体に寄りすぎれば目的を確かめないまま、決められた手段を効率化するだけになります。
大切なのは、どの階が優れているかではありません。
自分はいま何階にいるのか。相手は何階から話しているのか。そして、必要に応じて上り下りできるかです。
エビデンスの先で、医療者の哲学が問われる
この往復は、仕事の現場でもよく起きます。
特に専門職の仕事では、具体的な判断と、根にある価値観を何度も行き来することになります。
ぼくの場合、それを強く感じるのが医療の現場です。
ぼくは長く、妊婦さんの麻酔を専門にしてきました。
その中で、専門分野を突き詰めていくほど、最後は技術だけでは答えが出ない問いに近づいていくと感じてきました。
目の前では、どの薬を、どの量で、どのタイミングで使うかという具体的な判断があります。
その土台には、複数の研究やガイドラインがあります。
ただ、エビデンスを並べれば、一つの治療法が自動的に決まるわけではありません。
エビデンスに基づく医療は、研究結果だけではなく、医療者の臨床経験や、患者さんの状況・価値観も合わせて判断する考え方です。
複数の選択肢がある中で、なぜこの方法を選ぶのか。
安全性をどう考えるのか。
妊婦さんにとっての良い出産体験とは何か。
こうした問いに向き合うと、自分がどんな医療を良いと考えているのかという哲学が現れます。
もちろん、哲学がエビデンスを無視してよい理由になるわけではありません。
でも、エビデンスを土台にしながら、目の前の人にとって何を選ぶのか。その判断の軸を自覚することが、専門家には必要なんだと考えています。
問いのはしごを一段動かしてみる
考えが行き詰まったときは、問いの階を一つ動かしてみてください。
上へ行くなら、こう問います。
- そもそも、何のために行っているのか
- ぼくたちが本当に達成したいことは何か
- 5年後から見たら、この問題はどう見えるか
下へ行くなら、こう問います。
- 最近、それが起きた具体的な場面はどこか
- 数字で表すと、どれくらいか
- 明日できる最初の一歩は何か
問いの階を動かすだけで、同じ問題の見え方は変わります。
上へ行けば、目的や意味が見えてきます。
下へ行けば、次に取るべき行動が見えてきます。
良い問いを立てる力とは、難しい言葉で5階の話(哲学的な話)をする力ではありません。
本質を考えるために上り、現実を動かすために下りる。
その往復を続ける力です。
いま抱えている問題について、自分は何階から考えているのか。
一度、はしごの中に置いてみてください。
7回の記事で伝えたかったこと
ここまで、問いについて7回に分けて考えてきました。
問いは、ただ相手に質問するためのものではありません。
自分の思考をほどくためにも使えます。
相手の見ている世界を理解するためにも使えます。
そして、場にいる人たちの視点をそろえるためにも使えます。
良い問いがあると、すぐに答えが出るわけではありません。
むしろ、簡単には答えられないことに気づく場合もあります。
でも、その気づきがあるから、考え方が少し変わります。
見えていなかった選択肢が見えるようになります。
話が噛み合わなかった相手とも、どこでズレていたのかを確認できるようになります。
この7回で伝えたかったのは、問いを増やすことではありません。
問いを使って、自分の見方を少し動かすことです。
答えを急ぐ前に、いま自分は何を問うているのか。
相手は何を問うているのか。
この場には、どんな問いが必要なのか。
そこに立ち返れるだけで、仕事の進め方も、人との話し方も、少し変わっていくはずです。
問いは、正解にたどり着くための近道ではありません。
でも、考える場所を変えてくれる道具です。
必要なときに上り、必要なときに下りる。
その往復を続けることが、問いを実践に変えていくのだと思います。
この連載では、専門職が現場で使える「生存戦略」を続けて考えています。
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議論が噛み合わない理由を「意見の対立」ではなく「見ている階の違い」と捉える視点に、思わず頷きました。目的を語る人と手段を確かめる人が同じテーブルで平行線になってしまう場面はよくありますが、お互いがいま何階から話しているのかを意識するだけで、無駄なすれ違いを回避できそうですね。