専門職としてアラフィフになってくると、ある日突然、「いや、それは専門外なんですが」と言いたくなる仕事が降ってきます。
職場のサーバー更新
電子カルテの入れ替え
クラウドサービスの導入
情報セキュリティー対策
いやいや、自分はSEではないんですが……
そう思っても、管理職や意思決定に近い立場になると、逃げられません。むしろ、よく分からないまま判子を押すほうが危ない。
ここで問われるのは、ITの細かい知識ではありません。
「安全とは何か」を、古い感覚のままにしていないかです。ぼくは、電子カルテのクラウド化は、その問いを突きつけていると思っています。
「クラウドは危ない」で止まっていないか
以前、病院で働いていたとき、電子カルテの更新が話題になったことがあります。
そのとき、ぼくはクラウド型を強く推しました。
理由は、便利だからではありません。安全性の観点から見ても、クラウド型のほうが合理的だから。でも、意思決定の場ではなかなか話が進みませんでした。
「今のシステムにこれだけお金をかけてきた」
「クラウドは危ないのではないか」
「データが手元にないのは不安だ」
「病院の情報を外に出すのは怖い」
こうした意見が出ること自体は、よく分かります。
たしかに医療情報は、めちゃめちゃセンシティブ。患者さんの診療情報を扱う以上、軽々しく「クラウドでいいですよ」と言うべきではありません。
慎重であることは必要です。
ただ、慎重さと不勉強は違います。
「クラウドは危ない」という言葉が、具体的なリスク評価ではなく、ただの印象として使われているなら、それはむしろリスクになります。
「手元にあるから安全」という思い込み
オンプレミスの電子カルテは、病院内にサーバーを置き、自施設で管理する仕組み。
一見すると、安心に見えます。データが手元にある。外部に預けていない。自分たちの管理下にある。だから安全だ、という感覚です。
でも、本当にそうでしょうか?
サーバーを院内に置くということは、そのサーバーを守る責任も院内にあるということです。
ネットワーク管理
脆弱性対応
バックアップ
アクセス権限の管理
ログの監視
インシデント対応
これらを、病院側が継続的に担う必要があります。
では、一般的な病院に、サイバーセキュリティの専門家を十分に雇い続ける体力があるでしょうか?
医療職も、事務職も、情報システム担当者も、日々の業務で手いっぱいです。その中で、世界中で進化し続けるサイバー攻撃に対応し続ける。正直言って、これは気合いでどうにかなる話ではありません。
安全は「場所」ではなく「設計」の問題
もちろん、クラウドにすればすべて解決するわけではありません。クラウドにもリスクはあります。
設定を間違えれば、情報漏えいは起きます。
アクセス権限の管理が甘ければ危険です。
通信障害への備えも必要です。
ベンダーに依存しすぎる問題もあります。
だから、「クラウドなら安全」と言い切るのも危ないです。
でも同じように、「院内にデータがあるから安全」と考えるのも危ないです。
安全とは、場所の問題ではありません。
安全とは、設計の問題です。
どこに置くか。
誰が管理するか。
どの水準で監視するか。
どうバックアップするか。
止まったときに、どう復旧するか。
人間がミスをしても、致命傷にならない構造になっているか。
そこまで考えて、はじめて安全が確保されていると言えます。クラウドかオンプレミスか。その二択だけで考えると、本質を見失います。
本当に問うべきなのは、「自分たちは安全を設計できているのか」です。
ランサムウェアの侵入をどう防ぐ?
近年、病院がランサムウェア攻撃を受け、電子カルテが使えなくなる事例が報道されています。これを見て、「やはりデジタル化は危ない」と考える人もいるかもしれません。
でも、問題はそこだけではありません。弱点になるのは、システムそのものだけではなく、運用です。
古い端末
更新されていないソフトウェア
不適切な権限管理
安易なパスワード
USBメモリの利用
標的型メールへの対応不足
こうした日常の小さな穴から、医療機関全体の業務が止まることがあります。ぼくは、いまだにUSBメモリを気軽に使う文化が残っていることに驚くことがあります。
もちろん、現場には現場の事情があります。
ネットワークが不便。端末が足りない。部門システムとの連携が悪い。だからUSBを使いたくなる状況があることも分かります。でも、それを「仕方ない」で済ませてよい時代ではありません。
安全は、気合いでは守れません。
善意でも守れません。
「気をつけましょう」だけでも守れません。
安全は、設計と教育と運用で守るものなんです。
専門職こそ、安全について学び直そう
この話は、電子カルテだけの問題ではありません。
ぼくたちアラフィフ世代の専門職にとって、大きなテーマです。
専門性を積み上げてきた人ほど、自分の領域には自信があります。
臨床、研究、教育、行政、経営……長年の経験があるからこそ、判断できることも多いです。
一方で、デジタル技術やサイバーセキュリティについては、体系的に学ぶ機会が少なかった人も多いはずです。でも、これからの専門職は、専門分野だけを知っていればよい時代ではありません。
AIを使う。クラウドを使う。データを扱う。外部サービスと連携する。情報を発信する。組織のシステム導入に関わる。
そうなったとき、セキュリティを「よく分からないけど怖い」と言って避けるだけでは、意思決定を誤ります。逆に、「便利だから何でも使えばいい」と考えるのも危険です。
必要なのは、怖がることではありません。
甘く見ることでもありません。
系統的に学ぶことなんです。
安全とは、続けられる仕組み作り
医療の現場では、安全という言葉が、ときどき「やめる理由」として使われます。
リスクがあるからやめよう
前例がないからやめよう
何かあったら困るからやめよう
もちろん、本当に危険なことは止めるべきです。
でも、安全を理由に変化を止め続けると、古い仕組みそのものがリスクになります。
更新されないシステム。属人的な運用。紙とUSBに依存した業務。限られた担当者しか分からない設定。復旧訓練をしていないバックアップ。セキュリティ教育を受けていないスタッフ。
これらは、すでに安全ではありません。
安全とは、何もしないことではありません。
安全とは、変化に耐えられる仕組みを作ることです。
クラウド型電子カルテへの移行は、その一つの象徴だと思います。
みなさんの職場では、セキュリティを系統的に学んでいるでしょうか?
USBメモリを使わないで済む業務設計になっているでしょうか?
パスワード、メール、ファイル共有、クラウドストレージについて、現場の全員が最低限のリテラシーを持っているでしょうか?
電子カルテのクラウド化は、ただのシステム更新ではありません。ぼくたち専門職が、これからの時代の安全を学び直す入口です。あなたの職場で「これは危ないかも」と感じていることがあれば、ぜひコメントで教えてください。
このニュースレターでは、アラフィフ専門職がAI、戦略的思考、情報発信をどう学び直すかを、フラットな目線で書いていきます。
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「手元にあるから安全」という盲信を捨て、安全を場所ではなく「設計」の問題として捉え直す視点に深く共感します。
地方や中小規模の医療機関において、進化し続けるサイバー攻撃にオンプレミス+自前のリソースだけで対抗し続けるのは、人材確保の面でもコストの面でもすでに限界を迎えています。専門ベンダーのセキュアなインフラに委ねるクラウド移行は、単なる利便性の追求ではなく、今や強力な「組織防衛」の選択肢だと強く感じます。