医療DXの本質は「電子カルテを入れること」でありません。
カルテに入力された情報が、すぐに使えるデータになっているか?
ここが本質です。
ぼくは、血圧120/80の入力欄に、その差が出ると思っています。
血圧120/80を、Objective欄にそのままベタ打ちする。
収縮期血圧の欄に120を入れて、拡張期血圧の欄に80を入れる。
現場目線だと、小さな違いにしか見えません。
でも、研究やデータ活用の側から見ると、これはまったくの別物。
前者は、人間が読む文章です。
後者は、システムが扱えるデータです。
ここが、今日ぼくが一番伝えたいことになります。
データ・ドリブンな電子カルテになってますか?
ぼくは、これまでカルテをひっくり返してデータを拾って論文を書いてきました。
この経験があるので、カルテの入力形式にはかなり敏感。
日本で研究をしようとすると、100人分のデータを拾うだけでもひと苦労です。
カルテを開く
経過記録を読む
血圧を探す
検査値を探す
既往歴を探す
薬剤を探す
それをExcelに手で転記する
この作業を延々とやります。いや、マジで修行ですww
もちろん、研究テーマによっては仕方ない部分もあります。でも、本来はもっと楽に収集できるはずのデータまで、人間が目で探していることが多いです。これは、現場が怠けているという話ではありません。
カルテが「あとで使えるデータ」として設計されていないからです。
叙述的な日本の電子カルテ
ぼくは2017年から3年半、カナダのトロント大学で臨床をしていました。
そこで感じた違いは、電子カルテのあり方でした。圧倒的に入力の自由度が少ない。ほとんどチェックリスト化されて、標準化された記録が無意識にできる。そんなかたちのカルテでした。
こういったカルテは、記録を書くというよりも、データを打ち込むに近い作業でした。単に数字を入力するだけ、チェックボックスにチェックを入れるだけ。なので、すぐに終わるから、リアルタイムで入力できる。
日本のカルテの様に、SOAPに文章を書き込むのとは全然違いました。
このようなカルテは、記録するとすぐにデータベースを作っているので、必要な情報をあとで拾いたいと思ったら、あっという間にデータが抽出できます。
実際に、医療品質改善プロジェクトで1,000人分のデータを拾ったときも全部ゼロから拾う必要はありませんでした。コードで検索した患者さんのデータを、まとめて抽出して、簡単なデータベースをシステム管理者から入手し、足りない情報を補強するかたちでカルテを開いて、ポチポチ入力するだけ。
日本で一般的に普及している電子カルテで、同じデータを集めるとしたら、十倍以上の労力がかかります。そのくらい、カルテのコンセプトが違ったんですよね。
もちろん、フリーコメント欄もありますが、カルテの中心は文章ではなく、記録です。ここでいう記録とは、あとから検索できる形で残すことです。
集計できる形で残すことです。
他の患者群と比較できる形で残すことです。
研究にも、診療にも、経営にも使える形で残すことです。
日本の医療者は、文章を書くのがうまいです。経過記録も丁寧です。患者さんの背景も、細かく書きます。それ自体は悪いことではありません。むしろ、こういったことが、日本の医療の質を支えている部分もあります。
ただ、文章だけに寄りすぎると、データとしては扱いにくくなります。
血圧
喫煙歴
飲酒歴
アレルギー
既往歴
家族歴
服薬状況
これらが文章の中に埋まっていると、ぼくら人間には読みやすいです。
でも、システムやAIでは、データとして扱いにくい。
こういったところに、いまの日本の電子カルテの課題があると思っています。
デジタル化でなく、画面化しているだけ?
UIにこだわること自体は大事です。
現場で使いにくいシステムは、すぐに嫌われます。
ただし、人間が気持ちよく文章を書けるUIだけを追い求めると、電子カルテはどんどんガラパゴス化します。
・施設ごとに違う
・ベンダーごとに違う
・診療科ごとに違う
・医師ごとに違う
その結果、同じ血圧120/80でも、ある施設では自由記載、ある施設では専用欄、ある施設ではPDF、ある施設ではスキャン画像になります。
こうなると、あとからデータを集めるのは、地獄です。
医療DXと言いながら、最後は人間がカルテを読んで手入力する。
これは、単なる紙カルテの画面化でしかありません。
ただ、上に書いた様に、なんでもかんでもデータとして構造化すれば、すべて解決するわけではありません。医療には、文章でしか残せない情報もあります。
・患者さんの表情
・家族との関係
・生活背景
・診察室での違和感
・医師の判断の迷い
こういう情報まで、全部チェックボックスに押し込めるのは無理です。むしろ、それをやると医療が壊れます。なので、必要なのは「自由記載をなくすこと」ではありません。自由記載に逃がすべき情報と、構造化して残すべき情報を分けることです。
血圧は、構造化できます。
検査値も、構造化できます。
喫煙歴も、ある程度は構造化できます。
アレルギーも、構造化すべきです。
一方で、患者さんの言葉や医師の判断過程は、文章で残す意味があります。
記述を捨てるのではありません。
大切なのは、記録と記述を分けること。
ぼくが言いたいのは、日本の電子カルテが全部ダメという話ではありません。現場は本当に大変です。忙しい外来で、きれいに構造化入力をする余裕がないことも分かります。使いにくいシステムを押しつけられて、入力負担だけ増えるのも最悪です。
でも、それでも、入力の意味を変えていく必要があります。電子カルテは、紙カルテを画面に移したものではありません。患者データを積み上げる場所です。医療者が毎日入力している情報は、未来の医療資源です。
そこに気づかないまま、システムだけ新しくしても、医療DXは進みません。
血圧120/80をどこに入力するか。
その小さな設計に、医療DXの本質が出てくるのではないでしょうか?
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。アラフィフ専門職のノートでは、医療AIを中心に、医療現場の未来について色々と考えています。続きも読みたい方は、ぜひ無料で購読してください。
また、現場の実感について、コメントで一言もらえるとうれしいです。


「血圧120/80をどこに入力するか」という小さな設計に医療DXの本質を見る、という洞察が非常に深く腑に落ちました。私たちは新しいシステムを導入すること自体に目を奪われがちですが、本質はあとから検索・比較できる「記録」と、患者さんの表情や医師の迷いを残す「記述」の役割を冷静に分けることなのですね。現場の忙しさに寄り添いながら、データが未来の資源に変わるというコンセプトの転換を分かりやすく紐解く言葉に、これからの医療のあり方を実直に考えるヒントを学びました。